なぜ僕、高橋大希がブログ『いつか勇者をたおしたい』を始めるか。




この世の中は色々な正義で溢れている。

すいません。自己紹介もしてないのに良く分からないことを言いました。
はじめましての人は少ないと思いますが、初めまして。

僕は今現在愛媛の大学に通っている高橋大希(@daikichitarou)というものです。

早速ですが僕が、ブログ『いつか勇者をたおしたい』をなぜ始めたかを書いていきたいと思います。

あんまりだらだらならないようにするので、お付き合いいただければなと思います。

1、文章を書く面白さを知ったから

僕は以前神戸のCODE海外災害援助市民センターという団体で半年間インターンシップをしていました。そこの団体での日々を書き残す『だいき日記』というブログを書いていました。

正直それまでは文章を書くのは好きではありませんでしたが、そこで色々書いていた時に読んでくださっていた方から、色々と声をかけて頂きそういった経験から文章を書くのも悪くないなと感じるようになり、続けてみようかなと思っているのがひとつ。
(そこら辺の想いについての詳しくはこちらから)

二つ目、

2、冒頭の文章のこと

冒頭の

この世の中にはあらゆる正義で溢れている。

この言葉は僕が考えたものではありません。

 

この前、コンビニのイートインスペースでコーヒーを飲んでいる時に、新聞コーナーをみるとこの文字が僕の眼球を捉えただけです。だけですが、それでもとてもグサッとくる言葉でした。

みなさんも少しは感じることがあるのではないでしょうか?

誰かの不祥事が発覚すれば、何かモラルに反する行いを発見すれば、

何か、何か、何か、

国民全員が正義の執行権を持ち、「正しくない何か」を見つけては攻撃する。

 

この文章をご存知でしょうか?

僕のおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。


(出典:http://www.pressnet.or.jp/adarc/adc/2013.html)

これは、山﨑博司さんという方が2013年度の新聞広告クリエーティブコンテストというもので最優秀賞を受賞されたときのものです。

山﨑さんはコメントで以下のように語っています。

ある人にとってしあわせと感じることでも、別の人からみればそう思えないことがあります。

反対の立場に立ってみたら。ちょっと長いスパンで考えてみたら。別の時代だったら。どの視点でその対象を捉えるかによって、しあわせは変わるものだと考えました。そこで、みんなが知っている有名な物語を元に、当たり前に使われる「めでたし、めでたし。」が、異なる視点から見ればそう言えないのでは?ということを表現しました。広告を見た人が一度立ち止まり、自分の中にさまざまな視点を持つことの大切さを考えるきっかけになればと思っています。

「しあわせってなんだろう?」と二人で考えた経験が、次に生かされるよう頑張っていきたいと思います。

ここでは「しあわせ」について書かれていますが、「正義」や「正しさ」も同じように考えられるのではないかと僕は思います。

僕らは今、簡単に情報を得ることが出来て、さらに発信することが出来ます。

自分の中に正義や正しさを持つことは大切なことではあると思います。

しかし、自分が正義を持つとき、日曜朝8時からのあの5色の戦隊の世界のように、向かい合っている相手が悪かどうかは分かりません。

自分が悪だと思っているものも、実はその相手からしたら正義なのかもしれません。

 

多分、今生きている人の多くは僕を含めて自分の正義を持っていて、それを正しいものとして疑わず、容易にその正義を振りかざしてしまう。

正義も悪も、正しさも間違いも、もっともっと分かりにくいもののはずなのに。
僕らは簡単に思い込んでしまう。

 

僕も今、おそらく僕の正義や正しさを持っていて、それが誰かを傷つけてしまっているのかもしれません。

僕が僕の正しさを持つ限りそれはもしかしたら仕方がない事なのかもしれません。

でも僕は、僕の正しさで誰かを傷つけているかもしれないことを忘れないでいたいし、この世の中が色々な正義や正しさで溢れていることを忘れないでいたい

 

そのためにこの場所で、自分の考えをまとめたり、人と話したことを書いたり、そんなことをしていきたいなと思います。



結局タイトルの意味は?

ブログのタイトル
いつか勇者をたおしたい』。

勇者はいつだって正しく、勝者です。

 

本当にそうでしょうか?

上で紹介した桃太郎の話のように、

もしかしたら、マリオやアンパンマンやコナンは誰かを傷つけているかもしれません。

もしかしたら、クッパやバイキンマンや黒の組織も何か正義があるのかもしれません。

 

勇者のように、いつだって正しく、勝者でありたいと願う僕が、

正義を疑い、勝者の裏の敗者を忘れない。そんな人間になるために、いつまでも勇者のような人に憧れないためにこのブログのタイトルにしました。

最後に

だらだら書かないと言ったのに、だらだら書いてしまいました。ごめんなさい。

ここまで読んでくださった方、感謝しかありません。ありがとうございます。

今後は更新したら、TwitterやFacebookなどから読めるようにするのでフォローして頂ければと思います。

それでは今日はこの辺で。

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