アフリカの医療の現場へ|愛媛大学 玉井葉菜




現在、世界には約196の国がある。
僕たちにとってそのほとんどが遠くのよく知らない国で、そこに住んでいる人たちは遠くに住んでいるよく知らない人達だ。僕たちは知らないままでいいのかもしれない。だって僕たちには関係ないことなのだから。

ここでは、そんなよくわからないところに行ったまたは行っている大学生が、何のために行き、何をして、何を感じたのかを伝えたいと思う。

知らなくていいのかもしれない。関係ないのかもしれない。でも、読んでみてほしい。


渡航先 アフリカ ザンビア
アフリカの医療の現場へ
愛媛大学医学部医学科2年 玉井葉菜

行きたいという気持ちを大切に


ーーなぜアフリカのザンビアへ行こうと思ったのですか?

もともと世界の公衆衛生に興味があり、自分が将来日本を含めて医療が足りていない地域で働きたいなと思っていて、特にアフリカに興味がありました。

それに、アフリカの医療の現場や生活の実情を自分の目で確かめたくて、アフリカのザンビアへ行こうと決めました。

ーーアフリカと聞くと少し危険なイメージを抱くのですが、不安はなかったですか?

正直不安だらけでした。(笑)

行く前は1か月間ずっとおなか痛かったですからね。

親も本当に安全なのかとか、現地でちゃんとお世話してもらえるのかとか、めちゃめちゃ心配していましたし。

ーー行く前の不安はどうやって乗り越えましたか?

正直最後まで乗り越えられては、いなかったです。

乗り越えられてはないけれど、行きたい気持ちは変わりませんでした。

1か月前からずっとおなかは痛かったですしビビってたけれど、行きたいっていう気持ちが一番強かったですね。

でも結局、行ってしまえば楽しかったですね。(笑)

実際のアフリカの写真と思わせながらもまさかのフリー画像からとってきた象

ーー具体的にはどのような活動をされたのですか?

主には現地の病院の見学をしました。

病院って言ってもザンビアで一番大きい大学病院から地方の中核病院、小さい村の医師がいないヘルスセンター、医療従事者が1人しかいないクリニック、無医村っていって医者が1人もいない村に行ったり、訪問クリニックに行っているところを見学したり、ザンビアの中でも医療のレベルが違う様々な地域を訪れました。

孤児院を見学したり、村に泊まったりもしました。

ーー活動の中で何かトラブルはありましたか?

村に行ったとき、水を買って行ったんですけど、最終日の前の日の夜に水が足りなくなりそうになったんですよ。村の水を飲んでしまうとおなかを壊して、活動に支障が出てしまうかもしれないから飲めなくて。しかも翌日、迎えの車が遅れて、やばいぞみたいな。

もう、おなか壊してもいいから村の水を飲もうか、という時に何とか迎えの車が来て。水に関して命の危機を感じることは日本ではなかなかできないので、貴重な機会だったなって思いますね。(笑)



ザンビアは平和な国なのに。

ザンビアでの活動の様子

ーー活動の中で印象に残っていることを教えてください。

村の中で医療関係のボランティア活動をされている人の言葉が印象に残っています。

「訪問クリニックが来るまではマラリアなどの病気で死んでしまう人がいたけれど、訪問クリニックが来てから、多くの人が助かるようになって非常に感謝しているよ」

って言ってたり、

「ザンビアの人は医学部に行っても、人が出ていって困るんだよ」

って、そういう話をしてくれたんですよ。

村に住みながら、村民の事やザンビアの人全体の事を考えていてすごいなぁと。

あと、「日本の人はアフリカやザンビアを危険な大変なところだと思っているんだよ」って伝えると、とても驚いて「ええー」って

ザンビアはずっと平和な国なのに

って、そういっていたのがとても印象に残っています。

ーーザンビアの医療で感じたことは何ですか?

ザンビアの中でも医療に格差があるという事ですね。

首都の大学病院なんか産婦人科医が30人くらいいて、24時間体制で帝王切開とかできるけど、地方の中核病院では、産婦人科医が1人でずっとその人が妊婦さんを診てる、無医村の地域もあってそこは医療もない状態で子供を産まなければならない。

日本にも格差はあるけれどその度合いが大きすぎるというか。

医療以外でもザンビアの首都にはきれいなショッピングモールがあって裕福に過ごしているんだなっていう人もいるのに、地方に行くとそうではない、その日にとれたものを食べて、毎日その村で笑って過ごしているっていう人もいて、それを格差と呼んでいいのかはわからないけれど、差がすごい

ーーなるほど、なるほど。

格差の話をした後におかしいかもしれませんが、同時に、モノがないという事は本当にかわいそうなことなのかなって思わされましたね。

今までは、学校がないとか、病院がないとか、首都から離れていて店がないという事を、かわいそうとか大変そうとか勝手に思っていたけど、もちろん大変なんではあるんだろうけど、もっと便利な暮らしがあると知ればそれがいいってなるのかもしれないけど、

実際村に行くと村の生活は楽しそうで、子ども達は笑顔だし大人の人も夜まで話していて笑顔だし、子どもには優しいし、かわいそうで何かしてあげたいというのはなんだか違う気がしたかな。

すごいありきたりだけど。

無理やり私たちが行って、変えてあげたいっていうのは違う気がしました。もちろん医療がないのは問題かもしれないけど、でもその村は今まで成り立ってたわけだし。現状でも問題ないんじゃないかなって。幸せって何だろうなって

すごいありきたりかもしれないですけど、すごい考えさせられました。

ーー他にも何か感じたことはありますか?

感覚の違いも大きく感じました。

子供を産むのが幸せみたいな感覚があるらしくて、1日に生まれる子供の数が日本と違ってとても多くて、その感覚の違いが印象に残りましたね。

エイズに関しての感覚も日本とは全く違いました。日本ではエイズというと、非日常というかそういう感覚があると思うんですが、向こうではエイズがあることが当たり前みたいな。

エイズの検査も2,3か月に1回は向こうではあるし。

そういった感覚の違いから、途上国の医療があるという事に気づかされましたね。日本の医療をそのまま持って行っても、通用しないと思うんですよ。

だから、その国に合わせた医療が必要なんだなという事を気づかされましたね。

ーー日本に帰ってきた今思うことは何ですか?

またアフリカに行きたいですね。

そして、やっぱり医療が求められているところで働きたい。

また、病気を診るだけでなく、生活や文化背景も考えられる医療従事者になりたいと思っています。

(インタビュー日時:201765)


編集後記

はじめから最後までインタビューをしていて強く感じたのは、玉井さんが『自分の言葉で語っている』という事だ。

今の時代インターネットが発達して、「アフリカ ザンビア」で検索すれば様々な情報が効率よく出てくるかもしれない。しかし、彼女が言っていた言葉は自身の経験、感情、考え、それらが合わさって初めて発せられる彼女の言葉だった。

「幸せって何だろうなって」

という前に彼女はぽつりと、

「ゴメンすごくありきたりなんだけど」と言った。皆さんはどう思うだろうか、ありきたりな言葉だと思うだろうか。

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