映画『この世界の片隅に』で8月16日を感じた【あらすじ・言葉・感想】




『この世界の片隅に』という映画を観た人ないし、知っている人は結構多いのではないでしょうか?

どうも圧倒的偏見のある意見から入らせていただきました、高橋大希です。

2016年に上映された本作は、クラウドファンディングで資金を集めたことや、女優ののんさん(能年玲奈さん)が声優を務めたこともあり、当時とても話題になりました。

その波に乗り切れなかった僕は、いつかみたいなぁと思いながら数年の時が流れていたのですが、つい先日遂に本作を観ることができました。

すごくいい映画だったので、少し紹介させてください。それではどうかお付き合いを。

あらすじ

すずは、広島市江波で生まれた絵が得意な少女。見知らぬ若者の妻になるために、20キロ離れた町・呉に嫁ぐ。

ときに昭和19(1944)年。18歳で一家の主婦となったすずは、あらゆるものが欠乏していく中で、日々の食卓を作り出すために工夫を凝らす。

だが、戦争は進み、日本海軍の根拠地だった呉は、何度もの空襲に襲われる。庭先から毎日眺めていた軍艦たちが炎を上げ、市街が灰燼に帰してゆく。

すずが大事に思っていた身近なものが奪われてゆく。それでもなお、毎日を築くすずの営みは終わらない。

(『この世界の片隅に』クラファンページより)

『この世界の片隅に』という作品は、元々はこうの史代さんが2007年~09年で連載していたマンガが原作になっています。

その作品を映画監督片淵須直さんが2006年に映画化されました。

また、その際には、クラウドファンディングで制作費を集め3374名のサポーターから39,121,920円の支援を受けました。

製作開始からなんと4年もの歳月をかけて完成された映画で、その4年間の間に監督は広島に何度も何度も訪れ実際に主人公 すずさんがどんな町で暮らしたのか調べまくったそうです。



心に残った言葉

この作品の中のぼく的名言を紹介させていただきます。

「警報はもう飽きた」

これは太平洋戦争の真っただ中、呉にも沢山の戦闘機が飛び交う用になった後、夜毎晩毎晩警報が鳴り響くのに、辟易とした夫周作の姉の娘晴美の言葉です。

警報という異常事態が毎晩、毎晩鳴り響くことで日常化していって、戦争が日常になっていったことを感じる言葉で、心に残っています。

「全部はいけんよ明日も明後日もあるんじゃけぇ」

これは戦争の終わりを告げる玉音放送を聞いた日の夜ごはんで、なかなか戦時中食べることのできなかった白ご飯を食べた時の言葉です。

1945年の8月15日で戦争は終わりましたが、その後も人々の生活は当たり前に続くということを感じさせられる言葉で心に残っています。

ぼくの感想

最後に、ここからはぼくの感想を。

 

おそらく世の中には、大きな大きな時代のうねりといものが存在します。

今も実際に時代はうねりにうねり、数百年後にはこういう時代でしたと、3行くらいの分かりやすい言葉にまとめられるのだと思います。

しかし、そんな時代の中にはぼくという人間や、周りの友達などたくさんの実際の生きた人たちが片隅なのかもしれませんが確実にいます。

 

本作だと、戦争というものをテーマに考えた時、8月15日という大きな区切りで一つの時代は終わったと考えられます。

しかし、人々は平成が終わっても何ら変わらず明日が来るように、戦争が終わっても結局明日を生きなければならなかったのです。

大きな世の中のうねりを考えることも大切だけれど、ぼくらの生きる日常を笑顔でいることもそれと同等かそれ以上に尊く、美しいということに気づかされる映画でした。


【関連情報】
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