僕達はレンガにならず、石のままでいい。|まつやま働き方改革シンポジウムに参加して




僕たちはレンガにならず、石のままでいい

なんのこっちゃと思うので、こう思うに至った経緯をつらつらと書かせていただきたいと思います。




先日『まつやま働き方改革シンポジウム~変わろや、変えよや、ワークワクまつやま~』なるものに参加してきました。分かります。今あなたの心の中に沸き起こった疑問はとても分かります。

そうです。働き方改革も何もまだ僕は大学生で働いてません。このイベントの申し込みフォームにも“職業欄”に学生の選択肢がなく、限定200名だし良いのかな…とも思いましたが、どうしても参加したい、せずにはいられない、もはやいかないという選択肢がない。そこまで、僕に思わせるようなポイントが実はこのイベントにはあったのです。

 

僕はどうしてもサイボウズの青野社長の話が直接聞きたかったのです。もうそれはそれは聞きたくて仕方がなかったのです。

僕はサイボウズが運営している『サイボウズ式~「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイト』のどファン(どファンとは:どえらいファン、めっちゃ好きということ)なのですが、そこで展開されるサイボウズの考え方、青野社長の言葉が僕には響きまくっていました。

もう、北海道士別市の朝日町サンライズホールくらい響いていました。(「響くホール 日本」で検索したら1番上にありました。)

それではやっと本題。

イベントはどうだったの?

という話をしていきたいと思います。

もう青野社長の話が良すぎました。話し方も人を惹きつける“それ”だし、内容も響きまくりでした。

全部紹介していたら、村上春樹の小説くらい長くなると思うので、その中でも、特に響いたものを紹介させていただきたいと思います。

 

なぜ、今の働き方改革の問題が難しくなってしまっているのか。

それは、生産性幸福度という全く違う観点から話している人がいるからである。

そして、雇用者などの上の人は働き方改革を生産性の議論にしたがる。けれど、僕たちは幸福度の話をしていいんだと。だってこの働き方改革は、僕らのためのものだから。

会社のためのものでも、国のためのものでも、ない。僕ら個人1人1人が働きたいように改革していくのがいいんだと。

 

この言葉には響かされました。

確かに、働き方改革では、人口減社会の中でどうやって生産力を落とさずに国力を保つかというために一人一人の生産能力の向上をどうするかという議論や、一人一人の自分らしい働き方を実現するなどの幸福度の話がごちゃごちゃになっているなと感じます。

さらに、そこから僕たちはもっと自分たちの幸福のために主張していい、誰のための働き方改革なんだ。経営者である青野社長から出る言葉だからなのか、とても強く響きました。



給与決めるの難しくない?

サイボウズは一人一人が自分に合った働き方、例えば週3日勤務、自宅勤務、時短勤務などをしているので、給与を決めるのが難しくないのかな?と思っていましたが、そのことについてもお話をしていました。

サイボウズでは賃金テーブルををなくして、その人が「転職したらいくらか?」という基準で、つまり市場価値から考えて適当に決めているそうです。

あんまりうまく説明できないので気になる人は、サイボウズ式のこの記事(サイボウズの給料は「あなたが転職したらいくら?」で決めています)なんかを読むとめちゃ良く分かります。

 

この話をするときに青野さんが言っていた

「従業員と社長とが給料について交渉するくらいがいい関係だと思いません?僕はそう思います。」

という風に言っていたのが印象的でした。僕たちはただ、もらえる金額を何も考えもせず貰うのではなく、自分がもらうべきだと思う金額を主張すべきなんだと、それくらい会社と僕らは対等でいいんだと思うことが出来ました。

最初のレンガとか石の話なに?

ここまで結構長かったので、忘れてしまっているかもしれませんが最初の話をします。

この話が僕の中ではとても印象に残っています。

働き方改革は、“働き方”を改革するのではなく、働き方を多様化することである。だから、100人いれば100通りの人事制度があるし、公平性よりも個性を重んじなければならない。」

すいません畳みかけました。畳みかけたせいで太字ばかりになりました。が、そういうことです。

 

僕たちは元々多様なんだと思います。

それが、色々な要因によって川上から川下へ転げるように角を削られ、“社会”というなぞの何かをほころびなく形成するためにまるでレンガのようにさせられているように感じます。

でも、僕たちは僕たちのままで“社会”をつくっていくこともできるのかもしれません。

 


むしろ僕たちは僕たちのまま、まるで石垣のように1人1人形の違うまま、このなんだかよく分からない“社会”とやらをつくってきていけるのではないか。

君は“社会”のための足りないピースの形になろうとしなくてもいい、どんな形でもきっと必要なピースなんだ

と言われたような気がする、そんなイベントでした。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

それでは今日はこの辺で。


松山でも色々な取り組みがなされているようです。
気になる方はみてみてください。
まつやま働き方改革推進プロジェクト

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