スマホを捨てて四国から屋久島へ徒歩で行って気づいたこと【半袖思考#02】




1年間半袖で過ごす22歳の男に、様々なことを尋ねる本連載。四国から屋久島まで、スマホ使用禁止のルールを設けて歩いて行ったという白方さん。彼はなぜそんなことをしたのか尋ねました。

 

【今回のお手紙】

 白方さんのtwitterをフォローさせていただいているものです。 いつもツイート楽しく拝読させていただいております。

 先日、といっても結構前のことにはなりますが、白方さんが徒歩で屋久島へ行った旨のツイートを拝見しました。 はっきり申しまして、狂気の沙汰です。その時も、きっと半袖だったと思うのですが、半袖×徒歩での屋久杉参拝は命の危険を感ずるほどの行為にも思うのですが、白方さんの先日の記事からも、何か考えがあってのことだったのかと思います。

 そこで、徒歩での屋久島へ行ったことの理由と、その時に感じたことを教えていただけますと幸いです。 風邪をひかないように、どうぞご自愛ください。

(P.N.冬にはおでんと熱燗と 23 男性)

 

 常日頃半袖少年の監視をありがとうございます。

 あれは昨年のゴールデンウィークの話ですね。覚えていてくれてありがとうございます。5月の、夏の訪れを感じる時期だったので半袖の希少価値が高いかどうかは正直疑問ではありますが、とにもかくにも鹿児島まで歩いてきました。

 昨年のゴールデンウィークは長かったですもんね。時間をかけてゆっくり誰にも邪魔されず思索に耽りたいなと思いまして。
 その際、ふと友人が散歩の持つポテンシャルを熱弁していたのを思い出したのです。当時は「またバカ言ってんな」と思いつつも、そういや京都にある「哲学の道」に名だたる哲学者たちが集まるのは、程よい自然の中を悠々自適に歩ける環境が整っているからだよなと妙に納得しました。

 じゃあ散歩がてら鹿児島までいっちょ歩こうか、と。鹿児島には前々から一度訪れたかったですし、西郷の血が騒いだのか…。(似てるのは見た目だけ事件)

 計画は至極簡単です。友人とゴールデンウィーク5日目に鹿児島中央駅で待ち合わせをし、合流後に屋久島の縄文杉を拝みにいくというシンプルな散歩旅に出かけてきました。

 ただ歩いて内省をするだけでは物足りないと思い、いくつかルールを立てました。

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1つ目 「iPhoneを持っていかないこと」

 なのでルートはコンビニの地図を頭に叩き込んで、道中の国道表示板を見ながら進みました。しかもコンビニの地図って意外と見にくくて。ページを行ったり来たりしながら頭の中で目標地点までの道筋を頭の中で描きました。
 ここで「意外に日常生活で頭を使っていないなあ」と、ふと。。。

 日常生活ではスマホ一台で自分の見つけたい答えにすぐ到達できるわけで。様々な情報ソースから情報収集して自分で編集して答えを出す機会って減ったし、実際にやりにくくなったなと感じました。

 話はそれますが、集中力かなり落ちてませんか?読書を始めた当初、10分も集中力が持たなくて習慣づけるのに苦労したことを覚えています。スマホ怖い・・・。

 これは違う見方をすれば他の重要な意思決定に対しての自身の思考体力のキャパを残しておく、とも取れるのでしょうけど・・・。僕は意図的に自分で情報を編集する機会をつくりたいな、と思いました。

 

2つ目 「ヒッチハイクをしないこと」

「良い思索は孤独から」

 ベンザブロックの回し者ではないですけど、自分の行動指針の一つにしています。

 理由は簡単。他者の声は意外と大きいから。

 もちろん他者に耳を傾けるな、と極論を言っているわけではないです。

 「自分が信じられる答えを出すために考える」

 この過程こそが重要ではないか、と考えています。出した答えなんて現在ベースで正解か不正解かどうか分からないので、そこにさして重要性は感じていません。

 だからこそ、「ここぞ!」という時に自分の力で考えられる訓練と位置付け、孤独の中でも自分で答えを出すことは今しておくべきかな、と僕自身には義務付けています。

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 大きくはこの2つですね。ただ最大の誤算が。

 僕の大まかな行動計画は、「1時間で10キロほど歩くぞテヘペロ★」というものでした。僕にしてはいつも以上に計画性を持って準備してきたつもりですが、開始1時間で重大な事実に直面しました。

 

「人間って、どう頑張っても1時間で5キロ程度しか歩けないんだ・・・。」

 

 いくらポストトゥルースの時代とはいえ、身体的に感じた事実を覆すことは到底できません。このままじゃ間に合いませんよ、と。
 ただ散歩中に「おまい、どしたんぞ」と毎日声をかけてくれる方々がいて。確かに、大きなバックパックと片手に寝袋を持って峠道を歩いていたら僕も声をかけると思います。

 そしてその方々は先のコンビニで飲み物やお弁当を御馳走してくれたり、車でちょうどいいところまで運んでくれたりと(ルールの1つに「主体的なヒッチハイクは禁止」を掲げていましたが)、様々な形の善意で成り立った散歩でした。
 宮崎に僕の親戚がいるのですが、お風呂に2日ほど入っていなかった僕をレクサスで運んでくれました。(正直笑えない)しかも案内してくれたのはホテルで、わざわざ予約まで・・・。

 

 「自分の人生一度きり。やりたいことはやらなきゃ損」

 と思ってこれまで自分の気の赴くままに生活してきました。大学生活ではそれが顕著に現れていると思いますし、今もそう思って、思い立ったら即行動を心がけています。

 ただその裏で、誰かの協力や犠牲があるのも知っています。

 だから「自分の人生は確かに自分のものではあるが、自分だけのものではない」、とその時から思うようになりました。

 ただこれが難しい。言動不一致。なんせやりたいことと求められることのギャップなんて甚だしいですし、論理ではわかっていても感情が追いつかないこともしばしば。そのまた逆もしかり。
 これからも引き続き精進します。

 この記事でだいぶ散歩の魅力が伝わったと思います。
 今後も散歩を布教していきたいと思っているので、一緒にしたいよという方は是非ご連絡ください。散歩がてら、そちらへ伺います。

 

文章:白方大海(twitter  instagram



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愛媛のベンチャー企業で働く広島出身のカープファンです。 この写真は、オクラの花がオクラの味がするという衝撃の事実を知り、友達にその事実を伝えるためにラインしまくる15秒前の様子です。