想像力を取り戻すために、半袖を着る【半袖思考#01】




1年間半袖で過ごす22歳の男に、様々なことを尋ねる本連載。第一回は、直球ど真ん中の質問が、ぶつけられました。

 

【今回のお手紙】

なぜあなたは、1年中半袖で過ごしているんですか?

(いつか勇者をたおしたい人 23 男性)

 

こんにちは。原付で走ると肌が切れそうになる季節になりましたね。どうも、紹介していただいた半袖少年です。まず質問にお答えする前に、自己紹介を簡単に済ませておきましょう。

僕の名前は白方大海です。

生まれも育ちも愛媛。特技はそろばん。この巨体から弾かれるそろばんの玉がかわいそう・・・、なんて思わないで・・・。めちゃくちゃ繊細に扱っているから。好きなことは農業。人様の畑や自分の畑(わずか0.03ha!)で作業することも好きだし、書物から学術知にアクセスすることも好き。とにかく四六時中農業について考えています。

半袖生活を始めて2年目を迎えました。よく季節感なさすぎやろ、と言われますが、小学生の時から進○ゼミでお世話になっていたので先取りが得意なだけです。ちなみに「寒くないの?」という質問をよくいただくのですが、

「「「寒いに決まっているでしょ???」」」

と毎回鬼の形相で返答しています。最近特に寒すぎて、マジで死にそうになります。

 

さて、本題である質問についてダラダラと話していくことにしますが、その背景として半袖を年中着るようになった経緯を話しましょうか。

 

〜〜〜

 

あれは1年と少し前のこと。僕は2人の友人とロンドンへ旅行した時の話です。

僕は事前に詳細な情報を掴まずにロンドンへ降り立ちます。現地で、それも当日に「今日何をする?」と慌ててGoogleの検索エンジンに「ロンドン 観光」と入力するぐらいです。これは旅行における僕の流儀(もちろんカッコつけて言っているだけで、準備不足否めないマンに過ぎないのですが)で、もちろん宿も夕方に「そういや今日の宿予約してないな。そろそろ予約すっか。」となります。何が“そろそろ“なのか、自分自身でも理解ができません。

んで、そんな中始まる旅行なのですが、ヒースロー空港に降り立ってすぐに違和感を感じました。

「「「寒くね???」」」

そうです、9月後半に行ったのですが、現地の平均気温は15℃前後。厳しい残暑続く日本とのギャップもあり、さらに寒さを感じやすかったのでしょうか。そしてさらにあることにも気づきます。

 

「「「半袖しか持ってきてねえ」」」

 

この肌寒い環境に1週間、半袖で生活しなければなりません。ここで皆さんは「いや、現地で服買えよ」とお思いになられるかと思いますが、残念。シンプルにお金がありません。しかもクレジットカードも持っていない。

余談ですが、海外へ行かれる方はクレカは絶対に作っておいた方が良いと思います。外貨交換手数料はマジでバカにならないし、欧米ではほとんどのお店でクレカ決済ができて非常に便利です。

服を買うお金どころか電車の運賃もまともに確保できなかったので、ほぼほぼ徒歩でヨーロッパの街並みを歩き倒しました。1日大体20キロは歩いたのかな?そして1週間、難なく半袖での生活に耐久することができました。

案外環境には慣れてしまえばなんとかなるもの。1週間、それこそ最初数日間はガク寒だったけど適応できちゃったんですね。ダーウィン先生の進化論で言うと、「わい、生存戦略上強キャラやんけ」とか思うわけです。そんなかんだで勢いづいちゃったもんで。

「「「これ、1年間半袖でいけんじゃね?」」」

「日本の四季を知らないのかね、君は」と過去の自分にツッコミを入れたいのですが、そう頭を過ってしまったら最後。じゃあやりましょうよ、と。

 

〜〜〜

 

これが僕が半袖で生活をし始めたきっかけなんですね。まあ要するに、

「「「勢いで始めちゃったものの、中途半端に終わらせるのも嫌だし、このまま大学生活中は続けちゃおう」」」

といういわゆる“ノリ“ってやつで半袖生活を敢行しているわけですわ。習慣化の魔力の大きさに驚くばかりです。

ぜひね、皆さんも半袖生活を始めてみてください。新たな世界が開けることを保証いたします。

 

・・・余談ですが、半袖生活の中で考え始めたテーマがあります。それは

「身体性が必要でなくなっている現代社会において、果たして身体性は本当に必要ではないのだろうか」

という問いです。デジタル機器が身体の機能を集約している昨今。代表的なもので言えば、今まで自然環境や他者との関係性から変化の機微を捉えていた耳目は、スマートフォンへ注意を割かれるようになりました。

一昔前までは外部から、例えば都会の摩天楼に少しばかり恐怖を感じたり、行き交う人々の表情からどんな感情を抱いているのかを察したりと様々な情報を獲得し、認識までのプロセスを辿っていました。ただ今となってはもう、多くの人がスマホの画面に多くの知覚リソースを割いています。

周囲の景色に想いを馳せることもなくなれば、見知らぬ人への背景にある思いに想像を膨らませることもありません。身近な人ですら困難になりました。

僕たちが身体性を代替して恩恵を享受している一方で失ったもの、それは「想像力」なのではないでしょうか。

いつでもどこでも自分の知りたいことにアクセスできるがゆえに、その先にある額面にはない言葉や思いに想像力を働かせる機会がもうほとんどない。だからこそ僕は、その戒めを常に意識できるようにこのスタイルを貫いています。半袖生活の原動力はここにあるんですね。では、また会いましょう。

 

文章:白方大海(twitter  instagram



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愛媛のベンチャー企業で働く広島出身のカープファンです。 この写真は、オクラの花がオクラの味がするという衝撃の事実を知り、友達にその事実を伝えるためにラインしまくる15秒前の様子です。