僕と彼との出会いと別れと今




みなさんもおそらく人生の中でと出会い、過ごし、別れた経験があるのではないでしょうか?

との出会いはいつも突然で、刺激的です。

そして、と過ごしている時間の中でを忘れることはほぼありません。

食事をしている時も、誰かと話をしている時も、ふと水を口に含んだ時ものことが気になって仕方がありません。

そして、先日そんな彼とついに別れの時が来てしまいました。そして、と別れた今の想いをどうしても書いておこうと思い、筆を執った次第でございます。



と、ここまで読んで“”が誰かを気づいた人はどれくらいいるのでしょうか?

”とは、口内炎の事です。つまり、今日は僕が口内炎と過ごした日々を振り返り、口内炎がようやく治った今、思っていることを書きます。

お付き合いいただければ嬉しいです。


みなさんも経験があるとは思いますが、冒頭に書いたように口内炎が出来ると本当につらいですよね。食事の時も痛いし、しゃべってる時も痛い、水を飲んでも痛い。口内環境とはここまで大事なのかと、思わされる瞬間の連続です。

ですが、僕は口内炎と過ごした日々が全く不毛だったと思いたくありません。あんなにつらい思いをしたのだから、何か得ることができたと思いたい。

そこで!僕が口内炎から学んだ3つの事を書きたいと思います。

1、いつも通りのありがたみを実感できる

(ありがたみを表現する写真が良く分からずチョイスしたなぞの写真)

僕たちは日頃何の気なしに生きている“日常”。

そんな日常の中に幸せがあるんだとか、尊い事なんだとか色々言われても正直なかなか実感することはできません。

しかし、口内炎が出来ると、食べる喜び、朝のコーヒーを飲める喜び、大きな口を開けて笑う喜び、それらを失います。あぁ、なんて口内炎がない日々は幸せだったのだろう。そう思った回数は、軽く数千回を超えていました。

なかなか実感することが出来ない日常の幸せ。それを口内炎によって僕は実感することが出来ました。

おぉ、なんだか口内炎が出来て少し良かったように感じるようになってきました。この調子で次へ行きます。

2、違う人格の人生を感じられる

(「飲み会のお店を探す名幹事2人組」というタイトルの写真)

僕は日頃結構ぺちゃくちゃと話してしまい、昔ながらの多くを語らない漢像を大切にしている人とは一生分かり合えないだろうという人生を歩んでいます。

しかし、口内炎が出来ると口を開くのもしんどくなります。つまり、無口になるんです。

無口になると面白いもので、おしゃべりとは少し違う世界が見えてきます。

人の話が良く聞こえるように、表情が良く見えるように、相槌ひとつでいくらかの感情表現が出来るように、そんな今まで体験ができていなかった、「無口な自分」という人格を体験することが出来ました。



こうつらつらと書いていると、本当になんだかあんなにつらかった口内炎もそこまで悪いもんでもなかったのかなと思えるようになってきました。

次に!3つ目と書こうと思ったのですが、もう書くことがありません。僕が口内炎と過ごした日々から学んだことはこんなところです。

 

口内炎が治った今は、ご飯もおいしく食べられているし、ぺちゃくちゃといつまででも話せます。そして、口内炎との日々がどんなだったかもうほとんど忘れてしまっています。

こうやって僕たちは色々なことを忘れて、また思い出して生きていくのかなぁ。と、口内炎が出来て、治って、思ったという話でした。

良く分からない話でしたが、最後まで読んでくださってありがとうございました。

それでは今日はこの辺で。

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